医師が知っておきたい相続と医療法人・クリニック資産の承継
2025.9.30
開業医や医療法人の理事長として長年地域医療に貢献してきた方にとって、ご自身の引退後や万が一のときに資産や医業をどう引き継ぐかは、避けて通れない重要な課題です。
とくに医師の場合、相続の対象には次のような特有の財産が含まれやすくなります。
- 自らが所有するクリニックの建物や土地
- 医療機器や設備などの動産
- 医療法人の「出資持分(もちぶん)」
これらは一般の相続とは異なる専門的な判断が必要になることも多く、対応を誤ると高額な税負担や事業の継続困難につながるおそれもあります。
このページでは、医師の相続と承継に特有の注意点を、基本からわかりやすく解説していきます。
ご自身やご家族の将来を見据え、今から準備できることを一緒に考えていきましょう。
相続の基本を理解する
相続とは、亡くなった人(被相続人)の財産や権利義務を、家族などの相続人が引き継ぐことです。
医師の方にとっても、自宅や預貯金だけでなく、クリニックの建物や医療法人に関する資産が相続の対象になることがあるため、基本を正しく理解しておくことが大切です。
相続とは何か
相続とは、人が亡くなったときに、その人が持っていた財産や権利・義務を一定の人が引き継ぐ法律上のしくみです。
引き継ぐ人のことを「相続人」といい、主に以下のような人がなります。
- 配偶者(常に相続人)
- 子ども(いない場合は孫や親)
- 兄弟姉妹(子も親もいない場合)
相続は、法律で定められた割合(法定相続分)に従って行われるのが基本ですが、遺言書がある場合にはその内容が優先されます。
医師の場合、遺言によってクリニックの承継先や医療法人の取り扱いを明確にしておくことが、トラブルを防ぐ手段となることもあります。
相続の対象となる財産
相続の対象になるのは、亡くなった人が持っていたプラスの財産だけではありません。
マイナスの財産(借金など)も相続の対象となります。
【相続の対象となる代表的な財産】
- 預貯金や現金
- 土地・建物などの不動産
- 株式や投資信託
- 自動車などの動産
- クリニックの設備や医療機器
- 医療法人の出資持分(持分がある場合)
【マイナスの財産の例】
- 借入金
- 未払いの税金や医療機器のリース契約
- 連帯保証などの債務
財産の全体像を正しく把握することが、相続対策の第一歩になります。
特に医業関連資産は評価が難しいものもあるため、専門家の協力が欠かせません。
医師特有の相続の特徴
医師の相続では、一般の家庭にはあまり見られない財産や事情が関わってきます。
とくにクリニックの建物や設備、医療法人の出資持分などは、評価や承継の方法によって大きな違いが出ることがあります。
ここでは医師特有の相続財産や課題を整理しておきましょう。
クリニックの建物・設備・不動産が相続財産になる場合
開業医の場合、自宅とは別にクリニック専用の建物や土地を所有していることがあります。
これらは相続財産として評価され、相続税の対象となります。
- クリニック建物・土地:評価額が高額になりやすく、相続税の負担が大きくなる可能性があります。
- 医療機器や設備:最新の機器は高額であるため、相続財産として無視できない価値があります。
また、不動産については「事業用に使われていたかどうか」によって評価の扱いが変わることもあります。
事業継続を前提とした特例(小規模宅地等の特例)が利用できる場合もあるため、用途や利用状況の確認が重要です。
医療法人の出資持分と相続税評価の注意点
医療法人を運営している場合には、「出資持分(もちぶん)」という財産が発生することがあります。
これは株式会社の株式のようなもので、法人への出資割合に応じて持つ権利です。
- 持分あり医療法人:相続時に出資持分の評価が必要となり、その額が相続税の対象になります。評価額が大きいと、思いがけない税負担につながることもあります。
- 持分なし医療法人:持分はなく、相続財産には含まれません。ただし法人の運営権限をどう引き継ぐかが課題となります。
出資持分の評価は、法人の純資産や収益状況をもとに行われますが、計算が複雑で、税理士などの専門家の関与が不可欠です。
開業医が相続で直面しやすい課題(税負担・承継トラブル・地域医療への影響)
開業医の相続では、以下のような課題が起こりやすいとされています。
- 税負担の重さ:不動産や出資持分の評価が高額になると、納税資金を準備するのが難しくなります。
- 承継トラブル:相続人が複数いる場合、誰がクリニックを引き継ぐのかでもめることがあります。特に子どもが医師でない場合には、承継先の決定が大きな問題になります。
- 地域医療への影響:承継がスムーズに進まないと、診療が途絶えて地域の患者さんに影響が及ぶこともあります。
このように、医師の相続には一般的な相続+医業特有の事情が重なるため、早めの準備が欠かせません。
医療法人・クリニックの承継方法
医療法人やクリニックをどのように引き継ぐかは、相続の中でも特に重要な検討事項です。
承継方法によって必要な手続きや課題が変わるため、早めに選択肢を整理しておくことが望ましいといえます。
親族内承継の流れと課題
もっとも一般的なのは、子どもなどの親族がクリニックを継ぐ「親族内承継」です。
親が築いた医業をそのまま引き継げる点がメリットですが、課題も少なくありません。
承継には、診療所の権利関係の整理や医療法人の理事長交代といった複数の手続きが伴います。
また、相続財産としての建物・設備の評価や、出資持分の取り扱いも検討が必要です。
特に子どもが複数いる場合には、医師である子が医業を引き継ぎ、他の子には金銭や別の財産で調整する「代償分割」を行うことが考えられます。
公平性の確保が大きな課題になりやすいといえるでしょう。
子どもが医師でない場合の選択肢(第三者承継・M&A)
子どもが医師でない場合には、親族内承継が難しくなるため、第三者にクリニックを譲る方法や、M&Aによる承継が検討されます。
第三者承継では、地域に医師を確保できるため、診療の継続性が保たれる点が利点です。
ただし、信頼できる承継先を見つけるまでに時間がかかることが多く、早めの準備が欠かせません。
M&Aを活用すれば、設備やスタッフごとクリニックを引き継げる可能性があります。
さらに、譲渡によって得られる資金を相続財産の分配に充てられる点もメリットです。
医療法人の持分あり/なしで変わる承継の注意点
医療法人には「持分あり」と「持分なし」があり、承継の課題が大きく異なります。
- 持分あり医療法人:出資持分が相続財産となり、その評価額が相続税の対象となります。評価が高額だと、納税負担が大きくなるリスクがあります。
- 持分なし医療法人:出資持分がないため相続財産には含まれません。ただし、理事長の交代や後継者選定の手続きがスムーズに進むよう事前の準備が必要です。
法人形態の違いによって対策が変わるため、自院がどちらに該当するのかを正しく把握しておくことが重要です。
生前からできる相続・承継対策
相続やクリニック承継を円滑に進めるには、生前から準備を始めることが大切です。
対策を取っておくことで、相続税の負担を軽減できる場合や、遺言などで承継先を明確にできる場合があります。
第三者承継や持分なし医療法人への移行
親族に後継者がいない場合、第三者承継やM&Aが現実的な選択肢になります。
これにより、地域医療を途絶えさせずにクリニックを残せる可能性があります。
また、「持分なし医療法人」へ移行すれば、相続時に出資持分が財産とならず、相続税の負担を抑えられる可能性があります。
一方で、所轄庁への手続きや内部規程の整備など、実務上の準備が必要となるため、早めに検討を始めると安心です。
相続手続きの流れと相談先
相続が発生すると、遺族は短い期間のうちに多くの手続きを進めなければなりません。
特に医師の家庭では、クリニックや医療法人に関する手続きも加わるため、一般家庭より複雑になりやすいといえます。
ここでは、基本的な流れと専門家に相談するタイミングを整理します。
まず行うべきこと(死亡届・戸籍収集・遺産調査)
相続が始まったら、まず次の初期手続きを行う必要があります。
- 死亡届の提出:死亡の事実を知った日から7日以内に市区町村へ提出します。提出により火葬許可証が交付されます。
- 戸籍の収集:相続人を確定するため、被相続人の出生から死亡までの戸籍をすべて取り寄せます。あわせて相続人全員の戸籍謄本も必要です。
- 遺産の調査:預貯金、不動産、医療機器、借入金などを確認し、財産目録を作成します。
医師の場合には、クリニックの建物や医療法人の出資持分といった特殊な財産が含まれるため、早い段階で専門家の助力を得ると安心です。
遺産分割協議と相続税申告の流れ
財産の全体像が把握できたら、相続人同士で遺産の分け方を話し合います。
これを「遺産分割協議」といい、合意が整えば「遺産分割協議書」を作成します。
その後、相続税が発生する場合には、相続開始を知った日の翌日から10か月以内に申告・納税を行う必要があります。
期限を過ぎると、加算税や延滞税が課される可能性があるため注意が必要です。
開業医の相続では、財産の評価額が高額になりやすく、種類も多岐にわたります。
そのため、税理士のサポートを受けながら進めることが一般的です。
弁護士・税理士・医業承継に強い専門家への相談タイミング
相続や承継を円滑に進めるためには、状況に応じて専門家へ相談することが大切です。
- 税理士:財産評価や相続税申告のタイミングで依頼します。特に医療法人やクリニック資産に詳しい税理士が望ましいでしょう。
- 弁護士:相続人同士で意見が対立した場合や、遺産分割協議がまとまらない場合に相談します。
- 医業承継に強い専門家:第三者承継やM&Aを検討する際に力になります。
医師の相続は、一般のケースよりも複雑化しやすいため、「問題が起きてから」ではなく「事前に相談」することが安心につながります。
まとめ|医師の相続は早めの準備と専門家相談が安心につながる
医師の相続は、一般の家庭に比べて扱う財産が多様であり、クリニックの建物・医療機器・医療法人の出資持分など、特有の課題が生じやすいといえます。
これらの評価や承継の方法を誤ると、思いがけない税負担や承継のトラブルにつながるおそれがあります。
そのため、相続や承継については、生前から準備を進めることが重要です。
生前贈与や生命保険の活用、医療法人の形態の見直しなど、早めの対策によって負担を減らせる可能性があります。
また、相続が発生した場合には、期限のある手続きを進める必要があり、税理士・弁護士・医業承継に詳しい専門家のサポートが欠かせません。
医師として築いてきた財産と医業を次世代に安心して引き継ぐために、「早めの準備」と「専門家への相談」が最も大切なポイントといえるでしょう。