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認知症の相続人がいる場合の遺産相続はどう進める?対策と注意点をわかりやすく解説

2025.8.4

遺産相続の手続きは、相続人全員の合意が必要になります。

 

そのため、家族の中に認知症の方がいる場合、思った以上に手続きが進まなかったり、トラブルになることも少なくありません。

 

認知症だからといって本人の意思を無視したり、勝手に署名することは法律上できません

 

対応を誤ると無効になってしまうおそれもあります。

 

この記事では、認知症の相続人がいる場合に、相続の手続きがなぜ難しくなるのか、どのように進めればよいのかについて、弁護士の視点からわかりやすく解説します。

 

成年後見制度の利用や生前の準備のポイント、注意しておきたい点についてもご紹介しますので、ぜひ参考にしてみてください。

はじめに|認知症の家族がいると相続はどうなるのか

認知症の家族がいる中で相続が発生するのは、決して珍しいことではありません。

 

高齢化により、親の介護と相続が同時に発生する「ダブルケア」に悩む方も増えています。

 

親や配偶者の介護をしながら、相続の手続きを考えるのは、とても大変です。

 

遺産分割協議は、相続人全員の合意が前提です。

 

相続人の中に認知症で意思判断ができない方がいると、合意が成立せず、預貯金の払い戻しや不動産の名義変更が進められないことがあります。

 

このように、認知症の相続人がいる場合は、通常の相続以上に準備と確認が重要です。

 

無理に進めると手続きが無効になったり、のちにトラブルに発展するおそれもあるため、慎重に対応することが大切です。

認知症の相続人がいると起きる主な問題

相続人の中に認知症の方がいると、相続手続きが思うように進まないことがあります。

 

遺産分割協議は、相続人全員が内容を理解して同意することが必要だからです。

 

判断能力が低下していると、そもそも有効な合意ができず、手続きが止まってしまうおそれがあります。

 

ここでは、認知症の相続人がいる場合に起こりやすい主な問題点を、順を追って解説します。

遺産分割協議が成立しない

遺産分割協議は、相続人全員が合意し、署名・押印することで成立します。

 

しかし、認知症で意思能力が低下している人は、法律上の「有効な意思表示」ができません。

 

このため、認知症の相続人がいると協議が成立せず、預貯金の払戻手続や不動産の名義変更などが滞るおそれがあります。

 

意思能力の判断は医師の診断や状況によりますが、認知症の進行が重い場合は、後見人の選任など特別な手続きが必要になります。

勝手に代筆や代理するのは違法になるおそれ

認知症の家族の代わりに、他の相続人が協議書に署名したり、代理で押印したりするのは、たとえ善意であっても無効です。

 

場合によっては、私文書偽造などの法的責任を問われる可能性もあります。

 

代理が必要な場合は、家庭裁判所の手続きを経て正式に成年後見人を選任することが大切です。

認知症の人は相続放棄も簡単にはできない

相続放棄は、相続開始後3か月以内に家庭裁判所へ申し立てる必要があります。

 

ただし、認知症で意思能力がない人が自ら判断して申し立てることはできません。

 

成年後見人などが必要となり、期限が迫る中で手続きが間に合わず、不本意な結果になることもあるため、早めの確認が重要です。

相続税の申告期限が迫り、優遇措置が受けられない可能性も

相続税の申告期限は、相続開始から10か月以内と決まっています。

 

遺産分割がまとまらず「未分割」の状態で申告せざるを得ない場合、配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例といった優遇措置が適用できなくなることがあります。

 

税額が増えてしまうおそれもあるため、未分割のまま期限を迎えないよう注意が必要です。

まずやるべきこと|判断能力の確認と証拠の準備

認知症の相続人がいる場合でも、必ずしもすぐに後見人が必要になるとは限りません。

 

まずは、その方に判断能力がどの程度残っているか確認することが重要です。

 

認知症と診断されていても、軽度であれば遺産分割協議に参加できるケースもあります。

認知症でも判断能力が残っている場合もある

認知症は進行度や症状に幅があります。

 

軽度の場合は、相続についての内容を理解し、意思表示できることもあります。

 

判断能力が認められれば、通常通り遺産分割協議に参加でき、後見人をつけずに手続きを進められる可能性があります。

 

判断能力が認められるかどうかは、金融機関や登記の現場でも確認されることがあります。

 

客観的な資料があると安心です。

医師の診断書や専門家の意見を用意するとスムーズ

判断能力の有無を証明するには、以下のような証拠を準備しておくと役立ちます。

 

準備しておきたい証拠の例

  • 医師による診断書(判断能力がある旨が記載されたもの)
  • 専門家の意見書
  • 認知症検査結果のコピー

 

簡単に整理すると、次のようになります。

 

証拠の種類 内容と役割
医師の診断書 判断能力があるかを医療面から証明する
専門家の意見書 手続き上問題がないと確認してもらう
認知症検査の結果 記憶や判断力の状況を数値で示す

 

こうした資料があることで、相続手続きがスムーズに進み、後々のトラブル防止にもつながります。

 

まずは、主治医や信頼できる専門家に相談し、状況を確認してみるとよいでしょう。

成年後見制度を利用する方法

認知症の相続人が遺産分割協議に参加できない場合は、成年後見制度を利用する方法が検討されます。

 

家庭裁判所に申し立てを行い、後見人を選任してもらうことで、認知症の方の代わりに手続きを進めることが可能になります。

成年後見制度のしくみと申立ての流れ

成年後見制度とは、判断能力が不十分な人の権利や財産を守るために、家庭裁判所が選任する後見人が代理する仕組みです。

 

特に認知症の進行が重い場合には、この制度を利用するのが一般的です。

 

申立てから選任までは通常1〜3か月程度かかります。流れは次のとおりです。

 

申立ての流れ

  • 家庭裁判所に申立書を提出する
  • 家庭裁判所による審査・面談
  • 審判が出て後見人が選任される

 

申立ては、配偶者や子どもなど4親等内の親族が行えます。

 

候補者を推薦することも可能ですが、最終的には家庭裁判所が決定します。

成年後見人ができること・できないこと

成年後見人に選ばれると、認知症の方の財産管理や法律行為を代理する権限が与えられます。

 

ただし、できることとできないことがあるため注意が必要です。

 

できること できないこと
預貯金の管理・支払い 本人の意思に反する不利益な行為
遺産分割協議への参加 本人の遺言書の作成

 

成年後見人は、本人の利益を守る立場であるため、他の相続人の希望に沿った柔軟な協議が難しい場合もあります。

成年後見制度のデメリット|費用・時間・柔軟性の欠如

成年後見制度にはメリットがある一方で、いくつかのデメリットもあります。

 

主なデメリット

  • 専門家が後見人になると目安として毎月2万円程度の報酬がかかる
  • 申立てから選任まで時間がかかる
  • 本人の利益を優先するため、法定相続分以上の協議しか認められない

 

このため、柔軟な遺産分割を望む場合には不向きとされることもあります。

特別代理人が必要になるケース

成年後見人が他の相続人の一人でもある場合は、遺産分割協議に利益相反が生じるため、特別代理人の選任が必要です。

 

例えば、長男が母親の後見人であり、かつ相続人であるケースがこれに該当します。

 

特別代理人も家庭裁判所に申し立てをして選任してもらいます。

 

通常は弁護士や司法書士などの専門家が選ばれ、遺産分割協議に限った代理権を持ちます。

遺産分割協議をせず法定相続分で進める方法の落とし穴

認知症の相続人がいる場合、遺産分割協議ができず、法定相続分の割合で名義を変更する方法を選ぶ方もいます。

 

確かに手続きは比較的簡単ですが、後々大きな不都合が生じることがあります。

 

ここでは、その「落とし穴」を確認しておきましょう。

共有不動産の処分が難しくなる

法定相続分で登記すると、相続人全員の共有名義になります。

 

不動産を売却したり賃貸したりするには、共有者全員の同意が必要です。

 

認知症の相続人がいる場合、同意が得られず、結果として不動産を動かせなくなることがあります。

 

共有状態が続くと管理費や固定資産税の負担も残るため、早めの解消が望ましいでしょう。

預貯金の払い戻し額が限られる

各相続員単独で被相続人の預貯金を払い戻せる制度として、預貯金の仮払い制度があります。

 

しかし、上限があり、全額を引き出すことはできません。

 

例えば、預貯金の仮払い制度では以下の範囲でしか払い戻しできません。

 

仮払いの目安

 ①②いずれか低い方の金額までしか引き出せません。

 

 ①1つの金融機関あたり150万円まで

 

 ②預金残高×法定相続分×3分の1

 

この範囲を超える資金が必要な場合は、やはり遺産分割協議を行うか、後見人を立てる必要があります。

生前からできる対策

認知症の相続人がいる場合の相続トラブルは、事前に対策をしておくことでかなり防ぐことができます。

 

ここでは、生前にできる代表的な対策を紹介します。

遺言書を作成する(公正証書遺言の活用)

遺言書を残しておくと、遺産分割協議を行わずに相続手続きを進められる場合があります。

 

特に、公証役場で作成する「公正証書遺言」は、形式の不備や偽造のリスクが少なく、効力が高いとされています。

 

遺言書があれば、認知症の配偶者や兄弟がいても、原則として遺言どおりに手続きを進められます。

 

判断能力が十分なうちに、公証人や専門家に確認して作成すると安心です。

家族信託の検討

家族信託は、信頼できる家族に財産の管理や処分を託す仕組みです。

 

認知症などで判断能力を失った後でも、信託契約の内容に沿って柔軟に財産を管理できるのが特徴です。

 

次のような場合に向いています。

 

家族信託が役立つケース

  • 親の認知症が進んだ後も不動産を売却したい
  • 預貯金を管理して医療や介護に充てたい
  • 成年後見制度では対応が難しい柔軟な管理をしたい

 

ただし、信託内容の設計には専門的な知識が必要なため、事前に相談することが望ましいでしょう。

財産の整理・生前贈与

生前に財産を整理しておくと、相続発生後の手続きが楽になります。

 

不動産の共有状態を解消したり、不要な財産を処分したりしておくとスムーズです。

 

場合によっては、生前贈与を活用して財産を移しておく方法も検討されます。

 

なお、生前贈与については税制上の条件や課税があるため、贈与額やタイミングは慎重に考える必要があります。

家族で話し合いをしておく

対策の第一歩は、家族で話し合うことです。

 

財産の内容や誰が管理するのか、誰にどのように残したいのかを共有しておくと、誤解や争いを減らせます。

 

財産目録を作成しておくのもおすすめです。

 

特に、認知症が進む前のタイミングで家族全員が集まり、意見を聞きながら方向性を決めておくと、いざという時に慌てずにすみます。

亡くなった方が認知症だった場合の注意点

相続が発生したとき、亡くなった方が生前に認知症と診断されていた場合には、特有のトラブルが生じることがあります。

 

ここでは、特に気をつけたいポイントを紹介します。

遺言の有効性が争われる可能性

亡くなった方が遺言書を残していた場合でも、作成時に判断能力が十分でなかったのではないかと他の相続人が主張し、遺言の効力が争われることがあります。

 

遺言は本人が自分の意思で内容を理解し、判断できる状態で作成する必要があるためです。

 

無効と判断されると、結局は相続人全員で遺産分割協議を行わなければならず、トラブルや手続きの長期化につながることがあります。

医師の診断書や証拠の重要性

遺言の有効性を巡る争いを防ぐためには、遺言作成時の判断能力を示す証拠を残しておくことが大切です。

 

具体的には、以下のような方法が考えられます。

 

遺言作成時に有効な証拠の例

  • 医師による診断書(遺言作成時点で判断能力がある旨が記載されたもの)
  • 公証役場で作成する公正証書遺言(公証人が作成手続きに立ち会うため信頼性が高い)
  • 遺言作成時の経過や本人の意思を記録した書面

 

特に高齢で認知症の診断歴がある場合は、公正証書遺言と診断書をセットで用意しておくと、後の争いを防ぐための強い根拠になります。

まとめ|早めの準備と専門家のサポートがトラブルを防ぐ

認知症の相続人がいる場合、遺産相続の手続きは通常よりも複雑で、無理に進めると無効になったり、争いに発展したりするリスクがあります。

 

相続人全員の合意が必要であり、判断能力が失われている場合は、後見人や特別代理人の選任が必要です。

 

まずは本人の判断能力を確認し、医師の診断書や専門家の意見書などで証拠を整えることが重要です。

 

それでも協議が難しいときは、成年後見制度を利用して法的に手続きを進めましょう。

 

また、こうしたトラブルは、生前の備えで防ぐことも可能です。

 

遺言書の作成や家族信託、財産の整理や家族間での話し合いなどを検討しておくと安心です。

 

特に遺言書を残す際は、判断能力があったことを証明できる証拠も残しておくとよいでしょう。

 

認知症の家族がいる相続は、一人で抱えず、弁護士などの専門家に相談することが大切です。早めの準備で、安心して相続に臨みましょう。

よくある質問(Q&A)

認知症と診断されたら、すぐ後見人が必要?

認知症と診断されたからといって、必ずしもすぐに後見人を選任する必要があるわけではありません。

 

判断能力が残っている場合は、遺産分割協議や契約なども本人が自ら行える場合があります。

 

医師や専門家の意見をもとに、どの程度判断できるのかを確認したうえで、後見制度の利用を検討するとよいでしょう。

誰を後見人に選べばよいか?

後見人は家庭裁判所が決めますが、申立ての際に候補者を記載することができます。

 

親族が候補者になるケースもありますが、状況によっては弁護士や司法書士といった専門家が選任されることも少なくありません。

 

本人の利益を第一に考え、信頼できる人を候補者として提案しておくとよいでしょう。

成年後見人や特別代理人が不正をした場合はどうなる?

成年後見人や特別代理人は、本人の利益を守る義務があります。不正に財産を使い込んだり横領した場合は、家庭裁判所に申立てをして解任してもらうことができます。

 

また、不正の内容によっては損害賠償や刑事責任が問われることもあります。

 

不安がある場合は、後見監督人の選任を申し立てる方法も検討されます。

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