歯科医師の相続と歯科医院の承継|設備・患者基盤を守るためのポイント
2025.10.1
歯科医師の相続では、高額な医療機器や医院の不動産、患者との信頼関係など、一般の相続とは異なる特徴があります。
とくに歯科医院を引き継ぐ場合、設備や立地、患者基盤をどう守るかが重要なポイントとなります。
承継の準備が不十分だと、診療の中断や廃院のリスクもあるため注意が必要です。
この記事では、歯科医師ならではの相続の特徴と、歯科医院を円滑に承継するための実務的なポイントをわかりやすく解説します。
歯科医師の相続の特徴
歯科医師の相続には、一般の家庭とは異なる特徴があります。
医院を中心とした事業資産が多いため、財産評価や承継方法に特別な配慮が必要となることが少なくありません。
ここでは、代表的な3つの特徴を整理します。
高額な医療機器・リース契約が多い点
歯科医院には、診療用チェア、レントゲン装置、滅菌器などの高額な医療機器が欠かせません。
これらは数百万円単位になることも多く、相続財産として評価されます。
また、購入ではなくリース契約を利用しているケースも一般的です。
リース契約は、相続時にマイナスの財産(負債)として扱われることがあり、契約内容次第では残りの支払い義務を相続人が負担する場合もあります。
そのため、医療機器は「資産」と「負債」の両面から整理しておくことが重要です。
個人開業の割合が高い点
歯科医院は、医療法人として運営するケースもありますが、全国的にみると個人開業の割合が高いといわれています。
個人開業の場合、医院の建物・土地・機器などはすべて開業医本人の財産となり、そのまま相続財産に含まれます。
法人化していないと、承継の仕組みが整っていないことも多く、相続人同士で医院をどう扱うかを一から話し合う必要が生じます。
この点が、医療法人の承継と比べて手間や負担が大きくなる特徴といえるでしょう。
患者基盤や立地が医院の価値を左右する点
歯科医院の価値は、医療機器や不動産だけでは測れません。
患者さんとの信頼関係や医院の立地が、実際の承継に大きな影響を与えます。
- 駅や住宅地に近い便利な立地
- 長年通院している患者層の厚み
- 地域での知名度や評判
これらは会計上の数値に表れにくいものの、承継先を探す際には大きな判断材料となります。
逆に、承継準備が遅れると、患者が離れて医院の価値が下がる可能性もあるため、生前からの引き継ぎ準備が重要になります。
相続財産としての歯科医院の取り扱い
歯科医院を相続する場合、対象となる財産は現金や預貯金だけではありません。
医療機器、不動産、借入金やリース契約といった医院特有の資産・負債も含まれます。
これらは評価方法や扱い方によって相続税や承継の進め方に影響するため、事前に整理しておくことが大切です。
診療用チェアやレントゲン設備の評価と相続税
歯科医院には、診療用チェア、レントゲン設備、滅菌器など高額な機器が導入されています。
これらは相続財産として「動産」扱いになり、評価額が相続税に反映されます。
評価は購入価格ではなく、耐用年数や使用状況を考慮した時価ベースで行われます。
長年使用した機器は価値が低く評価されますが、最新設備は一定の評価額が残る場合があります。
そのため、設備更新のタイミングによっては、相続税の負担に差が出ることも考えられます。
借入金やリース契約の相続への影響
医院運営のために銀行借入やリース契約を利用しているケースは少なくありません。
これらは相続時にマイナスの財産(負債)として引き継がれることになります。
- 銀行借入:残債は相続人に承継され、相続財産から差し引かれる
- リース契約:契約内容によっては残りの支払い義務が相続人に移る
特にリース契約は、解約条件や残存リース料の扱いに注意が必要です。
契約書の内容を事前に確認しておくことで、相続後の予期せぬ負担を避けやすくなります。
医院不動産(テナント・土地建物)の扱い
歯科医院が自宅とは別の建物にある場合、その土地や建物も相続財産に含まれます。
医院専用の不動産は、相続税評価額(路線価や固定資産税評価額)をもとに計算されるのが一般的です。
医院がテナントの場合は、契約名義を誰に引き継ぐかが課題となります。
相続人が歯科医師でない場合、承継が難しく、賃貸借契約の解約や新たな契約が必要になることもあります。
また、土地建物を所有している場合には、一定の条件を満たせば「小規模宅地等の特例」が使える可能性もあります。
相続税評価額を大幅に減額できる制度ですが、事業継続や申告期限内の申告といった要件があるため、適用可否の事前確認が欠かせません。
歯科医院の承継方法
歯科医院を誰に引き継ぐかによって、必要な手続きや課題は大きく変わります。
大きく分けると、親族内での承継と第三者への承継があり、どちらも一長一短があります。
ここでは、それぞれの特徴と、承継先が決まらない場合に生じやすい問題を整理します。
親族内承継(子どもが歯科医師の場合)
もっとも一般的なのは、子どもが歯科医師として医院を引き継ぐケースです。
設備や患者基盤をそのまま活用できるため、診療の継続性が保ちやすいのが大きな利点です。
ただし、相続人が複数いる場合には注意が必要です。
たとえば、歯科医師の子が医院を承継し、他の相続人には預貯金や不動産で調整するといった代償分割を検討することがあります。
公平性をどう確保するかが、親族内承継の課題といえるでしょう。
親族外・第三者承継(M&A)の流れ
子どもが歯科医師でない場合や、親族に承継希望者がいない場合には、第三者に承継する方法があります。
最近は歯科医院のM&A(医院譲渡)も広がりつつあります。
第三者承継の流れは、一般的に次のようになります。
- 承継を希望する歯科医師や医療法人を探す
- 医院の財産や患者数、収益状況を評価する
- 譲渡条件や契約内容を調整する
- 承継後にスタッフや患者へ引き継ぎを行う
M&Aを活用すると、医院の設備やスタッフ体制を含めて引き継げる可能性があり、地域医療を途切れさせない効果も期待できます。
承継先が決まらない場合に起こり得る問題(廃院リスク・患者対応)
承継先が決まらないまま相続が発生すると、医院を閉めざるを得ないことがあります。
これには、次のような影響が考えられます。
- 患者が通院先を失い、地域医療に空白が生じる
- スタッフの雇用が不安定になる
- 医療機器や不動産が活用されず、資産価値が下がる
特に、長年通院している患者さんが多い場合、突然の閉院は大きな混乱につながります。
そのため、早めに承継方法を検討しておくことが、医院と患者の双方を守ることにつながると考えられます。
生前からできる歯科医院の相続対策
歯科医院の相続は、相続発生後に慌ただしく対応するよりも、生前から準備しておくほうが負担を減らしやすいといえます。
特に、設備や契約の整理、税制の活用などを進めておくことで、相続人の混乱を防ぎ、納税資金の確保にもつながります。
設備更新やリース契約の整理
歯科医院には高額な医療機器が多いため、相続時点での評価額によって税負担が変わることがあります。
古い機器を残すよりも、計画的に更新や廃棄を進めておくことが有効です。
また、リース契約については、契約内容を整理しておくことが重要です。
- リース期間の残存年数
- 解約条件
- 相続後の承継可否
これらを事前に確認しておけば、相続発生時の不測の負担を軽減できます。
医療法人化・持分なし法人への移行によるリスク軽減
個人開業のままでは、医院資産がすべて相続財産となり、承継の際に大きな負担となる場合があります。
そこで検討されるのが医療法人化です。
さらに、持分あり医療法人は出資持分が相続財産になるため、持分なし医療法人へ移行することで相続税のリスクを軽減できることがあります。
ただし、法人形態の変更には所轄庁への手続きや内部規程の整備が必要となるため、早めの検討が安心です。
納税資金確保のための生命保険の利用
相続税が発生する場合、納税資金をどう準備するかは大きな課題です。
生命保険を利用すると、受取人が相続人であれば「500万円 × 法定相続人の数」まで非課税となります。
- 現金が不足して設備や不動産を手放すリスクを減らせる
- 指定した相続人に直接資金を残せる
このように、生命保険は納税資金の確保に有効な手段と考えられます。
なお、この非課税枠は受取人が相続人であることが前提です。
歯科医院承継に伴う実務上の注意点
歯科医院を承継する際には、財産や税金だけでなく、日常の診療に直結する実務面の整理も欠かせません。
スタッフの雇用や患者さんの診療継続、診療報酬の請求などは、相続人や承継者が見落としやすい部分です。
ここでは、代表的な注意点を確認しておきましょう。
スタッフ雇用契約・患者引き継ぎの整理
医院に勤めるスタッフは、地域医療を支える大切な存在です。
承継時に雇用契約がどう扱われるのかを整理しておくことが重要です。
- 雇用契約は新しい承継者に引き継がれることが多い
- 就業条件や給与を大きく変えると離職リスクが高まる
- スタッフの継続雇用は、患者さんの安心感にもつながる
また、患者さんへの引き継ぎも重要です。突然の閉院や承継では、患者が不安を抱くこともあります。
事前に承継の案内や新体制の説明を行うことで、通院の継続性を確保しやすくなります。
診療報酬請求・未収金の取扱い
歯科医院は保険診療が中心となるため、診療報酬請求(レセプト請求)の扱いも承継時の課題になります。
承継前に発生した診療報酬は、原則として前任者の収入となり、未収金も相続財産に含まれることがあります。
- 相続発生時点で未収の診療報酬 → 相続財産に含まれる
- 承継後に診療した分 → 新しい承継者の収入
この線引きを明確にし、会計処理を適切に行うことが求められます。
未収金が多いと遺産分割や税務処理が複雑になるため、事前に整理しておくことが望ましいでしょう。
承継時の地域医療への影響と対応策
歯科医院は地域に根ざした医療機関であるため、承継が滞ると地域医療への影響が出る可能性があります。
- 承継が遅れると患者が通院先を失う
- 廃院となると周辺地域に歯科医療の空白が生じる
- 急な閉院は患者やスタッフに混乱を与える
こうした影響を避けるためには、承継計画を早めに立てることが大切です。
地域住民や患者さんに配慮しながらスムーズに引き継ぐことで、医院の価値も保たれやすくなります。
なお、承継方法によっては医療法上の開設者変更や、保険医療機関の指定手続きが必要になる場合があります。
こうした行政手続も含めて準備しておくことが大切です。
相続・承継手続きの流れと相談先
歯科医院の相続が発生すると、遺族は通常の相続手続きに加えて、医院に関わる特有の整理も行う必要があります。
れを理解しておくことで、限られた期間内にスムーズに進めやすくなります。
歯科医院を含む遺産調査と財産目録の作成
相続の第一歩は、故人が残した財産を把握することです。
歯科医院の場合、一般家庭の財産に加えて次のようなものを確認する必要があります。
- 医療機器や診療用チェアなどの設備
- 借入金やリース契約の残債
- 医院の土地や建物、またはテナント契約
- 未収の診療報酬
これらを一覧にまとめ、財産目録を作成します。
医院特有の財産は評価が難しいため、税理士など専門家の協力を得ることが望ましいといえます。
遺産分割協議と相続税申告の進め方
財産の全体像が分かったら、相続人同士で分け方を話し合います。
これを遺産分割協議といい、合意が整えば遺産分割協議書を作成します。
歯科医院が関わる場合には、
- 誰が医院を引き継ぐのか
- 他の相続人にどう配慮するのか(代償分割など)
といった点が大きな論点になります。
また、相続税が発生する場合には、相続開始を知った日の翌日から10か月以内に申告・納税を行う必要があります。
期限を過ぎると加算税が課される可能性があるため、早めに準備を進めることが大切です。
歯科医院承継に詳しい専門家への相談タイミング
歯科医院の承継は、一般の相続に比べて複雑になりやすいのが特徴です。
そのため、状況に応じて専門家に相談することが安心につながります。
- 税理士:財産評価や相続税申告の段階で必要。歯科医院の資産に詳しい人が望ましい
- 弁護士:相続人間で意見が分かれた場合や遺産分割協議が難航する場合に有効
- 医業承継に強い専門家:第三者承継やM&Aを検討する際に役立つ
「問題が起きてから相談する」のではなく、事前に準備段階から関与してもらうことで、承継を円滑に進めやすくなります。
まとめ|歯科医院の相続は設備・患者基盤を守る視点が大切
歯科医院の相続は、単なる財産の分配にとどまらず、医院という事業をどう次世代へつなぐかという視点が欠かせません。
診療用チェアやレントゲン設備などの医療機器、不動産やリース契約といった資産・負債はもちろんのこと、患者との信頼関係や地域での立地といった「目に見えない基盤」も、医院の価値を左右します。
承継の方法は、
- 子どもが歯科医師であれば親族内承継
- 親族に後継者がいなければ第三者承継(M&A)
などさまざまですが、いずれも早めに準備を始めることが大切です。
設備の整理や生前贈与、医療法人化、生命保険の活用など、生前からできる対策を少しずつ進めておけば、相続時の混乱や税負担を軽減できる可能性があります。
設備と患者基盤を守りながら、地域医療を継続すること。
それが歯科医院の相続で最も重要な視点といえるでしょう。
歯科医院の相続・承継は専門的な判断が必要になる場面も多いため、気になる点があれば早めに専門家へ相談しておくと安心です。