遺留分減殺請求に応じない相手への対応方法を解説
2025.7.15
相続の際、遺言や生前贈与で特定の人に多くの財産が渡り、他の相続人の取り分が法律で決められた最低限を下回ってしまうことがあります。
そのような場合は「遺留分(いりゅうぶん)」という権利を主張して、一定の取り分を取り戻す方法が用意されています。
ただし、請求を受けた相手がすぐに応じず、話し合いが難航するケースも少なくありません。
この記事では、まず遺留分請求の基礎知識を確認したうえで、相手が応じない理由や対応方法についてわかりやすく解説します。
遺留分侵害額請求とは?基礎知識を確認
遺留分侵害額請求は、相続のときに最低限の取り分が侵害された場合に、その分を取り戻すための手続きです。
改正前の民法では、遺留分減殺請求権と呼ばれていましたが、現在の民法では「遺留分侵害額請求」と呼ばれており、仕組みの基本は変わりません。
ここでは、そもそも遺留分とは何か、請求の仕方や期限について順番に見ていきましょう。
遺留分とは(法律で保障された最低限の取り分)
遺留分は、一定の相続人が亡くなった方の財産のうち、最低限もらえると法律で保障されている取り分のことです。
相続人なら誰でも持つ権利ではなく、主に以下の人に認められています。
・配偶者
・子ども(または孫)
・父母(または祖父母)
なお、兄弟姉妹には遺留分が認められていない点に注意が必要です。
遺留分の割合は原則として法定相続分の半分とされ、例えば配偶者と子ども2人がいる場合は、それぞれの法定相続分(配偶者2分の1、子ども1人につき4分の1)の半分(配偶者4分の1、子ども1人につき8分の1)が遺留分になります。
旧遺留分減殺請求との違い
以前は、遺留分を侵害された相続人が財産の返還を求める手続きを「遺留分減殺請求」と呼んでいました。
2019年の法改正により、現在は「遺留分侵害額請求」と呼ばれ、内容も一部見直されています。
新しい制度では、現物の財産(家や土地など)を返還してもらうのではなく、侵害された分を金銭で支払ってもらう仕組みです。
これにより、不動産の共有状態が生じるなどのトラブルが減ることが期待されています。
遺留分侵害額請求の行い方と期限(時効・除斥期間)
遺留分侵害額請求には期限があります。
亡くなった方の相続開始と遺留分が侵害されていることを知った日から 1年以内 に行う必要があります(時効)。
さらに、相続開始から 10年 が経過すると、知っていたかどうかに関わらず権利が消滅します(除斥期間)。
請求の方法は、まず相手に意思表示をすることが大切です。
一般的には、内容証明郵便で請求の意思を伝えます。口頭だけでは証拠が残らないため、必ず書面にして残すのが安心です。
注意が必要なのは、相手方に意思表示をした後、すなわち遺留分侵害額請求権を行使した後は、遺留分侵害額請求権は金銭債権となるため、5年の時効にかかることになります。
したがって、権利行使後に支払いを受けられない場合には、時効を止めるために5年以内に調停等を提起する必要があります。
必要に応じて弁護士に相談し、調停や訴訟も視野に入れて進めるとよいでしょう。
相手が遺留分侵害額請求に応じない主な理由
遺留分侵害額請求をしたとしても、必ずしも相手がすぐに支払いに応じるとは限りません。
相手が応じない理由はいくつか考えられます。
ここでは、よく見られる代表的な理由を紹介します。
法律的な誤解や感情的な対立
遺留分という制度を十分に理解していない人も多く、そもそも支払う義務があることを知らずに拒否するケースがあります。
特に「遺言に従うべきだ」と強く思っている人や、「生前に親から認められていた」と考えている人は、法律上の権利の存在に納得できず、応じないことがあります。
また、兄弟姉妹の間で関係が悪化していた場合や感情的な対立が激しい場合、冷静な話し合いが難しくなることも少なくありません。
感情のもつれが原因で、法的な議論に進めないケースもあります。
支払能力がない・不動産しかない
遺留分の侵害額は金銭で支払う義務がありますが、相手に現金や預貯金がほとんどない場合もあります。
相続した財産が不動産だけで、現金化しないと支払えないケースもよく見られます。
このような場合、相手が支払えずに滞ることがあります。
さらに、不動産の売却には時間がかかることが多く、すぐに現金を用意できずに話が進まないという事情も考えられます。
時効まで引き延ばそうとする
遺留分請求には「知った日から1年」「開始から10年」という期限(時効・除斥期間)があります。
相手がこれを知っていて、あえて時間稼ぎをしているケースもあります。
たとえば、話し合いを長引かせたり、連絡を取らずに放置したりして、期限を過ぎるのを待つという対応です。
こうした場合は、早めに法的な手続きを検討することが大切です。
請求額が不当だと感じている
請求された金額が実際よりも多いと感じているために応じないこともあります。
遺産の総額や遺留分の割合について、当事者同士の認識が食い違っているケースです。
この場合は、正しい金額を専門家に計算してもらい、改めて話し合うことで解決に向かうことがあります。
遺留分侵害額請求に応じない場合でも拒否できるケース
遺留分侵害額請求は、原則として法律で保障された大切な権利です。
しかし、すべての請求が無条件で認められるわけではありません。
場合によっては、請求を拒否できるケースもあります。
ここでは、代表的なケースを紹介します。
時効が完成している
遺留分侵害額請求には法律で定められた期限があります。
相続の開始と遺留分侵害を知った日から1年が経過している場合、または相続開始から10年が過ぎている場合には、時効や除斥期間が完成しているとされます。
この場合は、請求を拒否できる可能性があります。
そのため、請求する側も、期限が過ぎていないか事前に確認することが重要です。
請求者が遺留分権利者でない
遺留分は、すべての相続人に認められるわけではありません。
特に、兄弟姉妹には遺留分が認められていないため、兄弟姉妹からの請求であれば拒否できると考えられます。
また、相続人であっても代襲相続人でない場合など、権利を持たない人からの請求も同様に拒否可能です。
遺産分割協議で合意している
遺産分割協議書を作成し、全員が署名・押印している場合、その内容に遺留分も考慮した合意が成立しているとみなされることがあります。
そのため、協議で決まった内容に基づいて分配が終わっている場合は、請求を拒否できる可能性があります。
ただし、協議の内容や経緯によっては、請求が認められる場合もあります。
慎重な判断が必要なため、専門家に相談するのがおすすめです。
請求者が遺留分を放棄している
遺留分は、相続開始前に家庭裁判所の許可を得て放棄することが可能です。
また、相続開始後に任意で放棄することもできます。
すでに請求者が正式に遺留分を放棄している場合は、後から請求されても拒否できると考えられます。
放棄の有無は、協議書や家庭裁判所の書面で必ず確認しておくと安心です。
相手が応じない場合の確認ポイント
遺留分請求をしたのに、相手が応じない場合でも、すぐに強硬な手段に出るのはおすすめできません。
まずは冷静に状況を整理し、いくつかの確認ポイントを押さえることが重要です。
ここでは、主に3つの視点を紹介します。
請求内容と金額が適正か
まず確認したいのは、自分の請求内容や金額が法的に正しいかどうかです。
遺産の総額や遺留分の計算方法は複雑な場合があり、認識のズレがあると相手が「不当な請求だ」と感じている可能性があります。
このような場合は、専門家に計算を確認してもらい、適正な金額に修正したうえで再提示すると、話し合いが進みやすくなります。
時効や除斥期間が過ぎていないか
遺留分請求には、厳格な期限があります。
相続の開始と遺留分侵害を知った日から1年、または相続開始から10年が経過すると、権利は消滅するとされています。
これらの期限を過ぎている場合、相手に支払い義務はなくなります。
そのため、請求前に必ず期限を確認しておくことが大切です。
相手が財産を処分してしまうリスク
話し合いが長引くうちに、相手が財産を売却したり、名義を移したりしてしまうと、回収が難しくなる可能性があります。
特に不動産や預貯金はすぐに動かせるため注意が必要です。
こうしたリスクが高いと感じたら、早めに弁護士に相談し、仮差押えなどの法的措置を検討するのも一案です。
相手が応じない場合の具体的な対応方法
遺留分請求をしたものの、相手が支払いに応じない場合は、次のような具体的な方法を検討するとよいでしょう。
それぞれの方法には特徴がありますので、状況に応じて選ぶことが大切です。
内容証明郵便で請求を証拠に残す
まずは、請求の意思を正式に伝えるために「内容証明郵便」を利用するのが一般的です。
内容証明郵便とは、誰がいつどのような内容の書面を送ったかを郵便局が証明してくれる制度です。
口頭や普通の手紙では証拠が残らないため、相手にプレッシャーをかけつつ、法的手続きを視野に入れている意思表示ができます。
ただし、この段階では法的な強制力はありませんので、相手が応じなければ次の段階に進む必要があります。
調停の申し立て(家庭裁判所での話し合い)
相手との話し合いがまとまらない場合は、家庭裁判所に「遺留分侵害額の請求調停」を申し立てる方法があります。
調停は、裁判官と調停委員が間に入って話し合いを進める制度で、公的な場で第三者の意見を交えながら合意を目指します。
強制力はありませんが、当事者同士で話すよりも冷静に進むことが多く、合意に至る可能性が高まります。
調停が不成立になった場合は、訴訟に移行することができます。
この点が調停の後に審判に移行する遺産分割調停と異なります。
訴訟の提起(裁判で決着)
調停でも解決しない場合や、そもそも相手が話し合いに応じない場合は、地方裁判所又は簡易裁判所に訴訟を提起する方法があります。
調停を提起した家庭裁判所ではない点に注意が必要です。
訴訟では裁判所が最終的な判断を下し、判決が確定すれば強制執行の手続きも可能です。
ただし、訴訟は時間や費用がかかるのが難点です。
通常は半年〜1年程度かかることが多く、弁護士費用も数十万円単位で必要になります。
弁護士とよく相談して進めるのが望ましいでしょう。
仮差押えで財産を確保する
相手が財産を隠したり、売却してしまうおそれがある場合は、裁判所に申し立てて仮差押えを行うことも検討されます。
仮差押えとは、裁判が終わるまで相手の財産を動かせないようにする手続きです。
こうして財産を確保しておけば、勝訴したあとに支払いを受けられなくなるリスクを減らせます。
ただし、仮差押えには保証金が必要であり、必ず認められるとは限りません。
こちらも弁護士に相談して慎重に進めるのが安心です。
弁護士に依頼するメリットとタイミング
遺留分請求は法律で保障された権利ですが、計算方法や手続きが複雑で、当事者同士だけで解決するのは難しいこともあります。
そのようなときは、弁護士に相談するのがおすすめです。
ここでは、弁護士に依頼するメリットと、適切なタイミングについて説明します。
法的に正しい請求内容を整理してもらえる
遺留分の計算には、遺産の範囲や評価額、贈与の扱いなど専門的な知識が必要です。
弁護士に依頼すれば、法的に正しい金額を計算し、根拠のある請求書を作成してくれます。
根拠が明確であれば、相手も納得しやすく、無駄な争いを防ぐ効果が期待できます。
特に、遺産の全体像がつかめていない場合や、相手が不当な主張をしてくる場合には、早めに相談すると安心です。
相手との交渉を任せられる
相手とのやり取りは、感情的な対立に発展しやすいものです。
弁護士に依頼すれば、交渉を代理してもらえるため、当事者同士で言い合いになるリスクを減らせます。
さらに、専門家が入ることで、相手が真剣に対応するようになることも少なくありません。
精神的な負担を軽くしながら、適切に手続きを進めたい場合に大きなメリットがあります。
調停・訴訟・仮差押えのサポート
話し合いがまとまらず、調停や訴訟に発展する場合もあります。
こうした法的手続きは、書類の準備や裁判所への対応が必要で、一般の方には負担が大きいのが現実です。
弁護士に依頼していれば、調停や訴訟の代理人として手続きを進めるだけでなく、仮差押えなどの緊急措置も含めて総合的にサポートしてもらえます。
手続きが複雑になる前に相談しておくことで、スムーズに対応できる可能性が高まります。
まとめ:早めの行動と専門家の力を活用しよう
遺留分侵害額請求は、相続人の最低限の取り分を守るために法律で認められた重要な権利です。
しかし、制度を十分に理解していない相手や、感情的な対立が原因で話し合いが進まないケースも少なくありません。
特に、遺留分侵害額請求には「知った日から1年」や「相続開始から10年」という期限(時効・除斥期間)があり、これを過ぎると権利を失ってしまいます。
そのため、遺留分の侵害に気づいたらできるだけ早く行動することが大切です。
相手が応じない理由には、法律的な誤解、支払能力の不足、請求額への不満などさまざまな事情があります。
まずは請求内容が適正かを確認し、必要に応じて内容証明郵便や調停・訴訟などの法的手段を検討するとよいでしょう。
こうした手続きは専門的で複雑になることも多いため、早い段階で弁護士に相談するのがおすすめです。
弁護士に依頼すれば、請求内容の整理から相手との交渉、調停・訴訟・仮差押えまで幅広くサポートしてもらえるので安心です。
遺留分請求は、適切な対応をすれば解決に向かう可能性が高い問題です。
冷静に状況を見極め、早めに専門家の力を借りながら進めていくことが大切です。
よくある質問Q&A
ここでは、遺留分請求に関してよく寄せられる質問とその考え方について、解説します。
遺留分を払わないとどうなる?
遺留分侵害額の請求に正当な理由があるのに、相手が任意に支払わない場合は、請求した側が調停や訴訟を起こすことが考えられます。
訴訟で支払いを命じる判決が出ると、強制執行の手続きが取られ、財産を差し押さえられる可能性があります。
ただし、請求の内容が法的に正しくない場合や、すでに時効が過ぎている場合などは、支払わずに済むケースもあります。
請求を受けたときは、内容が正しいかどうかを必ず確認することが大切です。
遺留分侵害額請求されないようにする方法はある?
生前の準備として、相続人に遺留分侵害額請求されにくい形にすることは可能です。
例えば、相続人があらかじめ家庭裁判所の許可を得て遺留分を放棄した場合、その人からは請求されません。
ただし、放棄は本人の意思と裁判所の判断が必要で、無理にさせることはできません。
また、遺言書を書いておいても遺留分の権利自体を消すことはできない点に注意が必要です。
事前に専門家に相談して、どの方法が適切か検討するのが安心です。
分割払いや延長交渉は可能?
相手が現金をすぐに用意できない場合、当事者同士で分割払いにしたり、支払い時期を延長したりすることは可能です。
遺留分侵害額請求は法律上は一括で支払うのが原則ですが、合意があれば柔軟に対応することもできます。
ただし、合意内容は必ず書面に残すことが重要です。
後々のトラブル防止のためにも、必要に応じて弁護士など第三者に立ち会ってもらうと安心です。